丸山紘史さんの人生 ― ジャニーズJr.から広告プロデューサーへ、そして今まで
~ステージから広告の最前線へ――道を切り拓いた元関西ジュニア~
丸山紘史さんは1999年にジャニーズ入所し、関西・名古屋ジュニアとして活動。引退後は大学で工学を学び、博報堂グループへ。表現力を武器に、広告の世界で新たな道を歩んでいます。
幼少期とジャニーズ入所
丸山紘史(まるやま ひろし)さんは、1986年6月26日生まれ、
愛知県春日井市出身の男性です。
中学1年生だった1999年10月23日、ジャニーズ事務所のオーディションに合格し、
ジャニーズJr.として活動を始めました。
ジャニーズ事務所は、日本でも有名な男性アイドル育成事務所です。
ここでは、歌やダンス、舞台、バラエティ番組出演など、
多くのパフォーマンス練習を通じて、将来のデビューを目指す若者たちが学びます。
丸山さんは、当初は関西ジャニーズJr.として活動し、
その後名古屋Jr.へ移籍し、再び関西Jr.へ戻るという道を歩みました。
このため、ファンや仲間の間では「ナゴマル」(名古屋の丸山)という愛称で
親しまれていました(関ジャニ∞の丸山隆平さんと区別するためでもあります)。
ジャニーズJr.時代の活動
ジャニーズJr.としての活動は、
- バックダンサー
- 舞台出演
- テレビ番組のサポート
など多岐にわたります。
丸山さんもまた、仲間と共にステージに立ち、日々の練習やレッスンを重ね、
「魅せるパフォーマンス」について深く学んでいきました。
当時は、まだ10代前半という年齢でありながら、
東京・大阪・名古屋を行き来し、レッスンや公演に参加する生活を送りました。
この時期は、
- 自分の魅力を磨く
- 仲間とのチームワークを学ぶ
- 人前で表現することへの向き合い方を知る
など、後の人生にも大きく役立つ学びの時間でした。
ジャニーズ退所と高校・大学生活
丸山さんは、中高生として多忙な日々を過ごす中で、
将来のビジョンをじっくり考えるようになります。
ジャニーズJr.として活動した後、
高校を卒業したのち大学進学の道を選びます。
その後、大学では工学部系の学びを経て、商学や表現・ビジネスに関わる知識も身につけていったという情報があります(※出所は公開インタビューや活動報道より)。
この時期は、芸能の世界を離れて、 「自分がこれから何をしたいのか」を探る期間として、多くの時間やエネルギーを使ったようです。
そして大学を卒業後は広告の世界へ進むことを決意します。
博報堂入社と広告会社でのキャリア
広告の大手である博報堂に就職し、企画やプロモーションの仕組みを学ぶ日々が始まります。
博報堂は、日本でもトップクラスの広告会社であり、ここでの経験は
「人を引きつける表現」「世の中の流行を読む力」「伝える力」を磨く大きな機会でした。
入社当初は、広告とは違う生活リズムや会社文化に戸惑いながらも、
社会人としての基礎を築いていきます。
やがて、「自分が面白いと思ったことを多くの人に伝えたい」という思いが強まり、
広告 Production やマーケティングの世界に深く関わるようになります。
広告の世界では、
アイドルや舞台で学んだ「表現力」は武器となり、
人や文化を見つめる視点がそのまま活きるようになりました。
「ALL BLUE」での挑戦
博報堂のグループ会社である
「株式会社オールブルー(All Blue)」に転籍し、
ここでは広告表現のプロデューサー・企画責任者として活躍しています。
オールブルーは、SNSやデジタル時代の広告企画を得意とする会社であり、
Z世代(1990年代後半〜2000年代生まれ)の価値観や文化を読み解く活動にも関わっています。
この会社で丸山さんは、
- 広告の企画・戦略
- SNSを生かしたコミュニケーション設計
- プロジェクト全体のディレクション
など多くの役割を担うようになり、
会社の取締役CCO(Chief Creative Officer)として活躍しています。
古巣への貢献と話題
丸山さんが手がけた広告のひとつに、
大阪・梅田の商業施設「HEP FIVE」の夏のバーゲン広告があります。
ここで、元関西ジャニーズJr.の人気グループ「Aぇ! group」を
イメージキャラクターとして起用したことで話題になりました。
この起用について丸山さんは、
「古巣に貢献したいという気持ちがある」とコメントしており、
広告業界とジャニーズ時代のつながりが感じられる出来事となりました。
2023年のメディア登場
2023年7月9日、丸山紘史さんは
YouTubeチャンネル「新R25チャンネル」に出演しました。
ここでは、ジャニーズJr.から広告業界へ進んだキャリアについて語り、
自分の考え方や人生哲学を視聴者に伝えています。
これにより、丸山さんの活動は広告業界だけでなく、
一般の視聴者や若い世代にも広く知られるようになっています。
丸山紘史さんの人柄と価値観
丸山さん自身は「面白そうな話が来たらすぐ乗る」という考えを大切にしており、
新しい挑戦や変化を恐れず、主体的に取り組んできた姿勢が印象的です。
本人は、
- 流行やトレンドを読む力
- 人の心をつかむコミュニケーション
- 自分なりの言葉や表現を磨くこと
を大事にしており、
ジャニーズ時代の「自己プロデュース力」と、
広告プロデューサーとしての視点を結びつけています。
まとめ

*https://x.com/hirocmaruyama
丸山紘史さんの人生は、
- 中学でジャニーズJr.としてステージ経験を積み
- 大学進学後に広告という道を選び
- 博報堂でキャリアを築き
- オールブルーで広告の企画・プロデュースを担当
- 古巣へ貢献するなど多方面で活躍
という道のりです。
華やかなアイドルの世界から離れた後も、
自分の力で新しい世界をつかみ取り、
社会に存在感ある活動を続けている人物だと言えるでしょう。