元ジャニーズJr.・浜田一男(浅倉一男)さんの人生
~90年代ジュニアを率いたリーダー気質の表現者~
浜田一男さんは1995年にジャニーズJr.として入所し、滝沢秀明らと共にリーダー的存在として活躍。退所後は浅倉一男と名を変え、音楽、舞台、飲食など多方面で挑戦を続けてきました。
ジャニーズ入所までの道のり
1995年初め、浜田さんは
日本テレビ『天才・たけしの元気が出るテレビ!!』の
「ジャニーズ予備校」というコーナーのオーディションに挑戦します。
番組内の選考では残念ながら落選し、
テレビ画面に映ることはありませんでした。
しかし、その挑戦を見ていた事務所関係者の目に留まり、
1995年4月23日、通常のジャニーズJr.オーディションに呼ばれ、合格。
ここで正式にジャニーズ事務所に入所します。
このとき、尾身和樹さんも全く同じ流れで入所した同期でした。
ジャニーズJr.時代の活躍
入所後の浜田さんは、
歌・ダンス・トークのバランスが良く、
年下メンバーをまとめる力もあったことから、
ジュニア内ではリーダー的な存在として活躍します。
滝沢秀明さんらと同じ時代を過ごし、
コンサートや舞台の現場で経験を重ね、
「頼れる先輩ジュニア」として知られていました。
当時の浜田さんは、
真面目さと勢いを併せ持った、
まさに90年代ジュニアを象徴する存在だったと言えます。
突然の転機と退所
しかし、高校1年生の3学期、
人生を大きく変える出来事が起こります。
諸事情により、1999年1月14日付で事務所を解雇となりました。
この出来事により、
浜田さんはジャニーズ事務所を退所し、
同時に高校も中退することになります。
京都での再出発とファンとの交流
退所後、浜田さんは京都へ移り住み、
喫茶店や着物店でアルバイトをしながら生活します。
その一方で、
尾身和樹さん、国分博さん、矢代徳久さんら
元ジャニーズJr.の仲間たちと共に、
ファンとの交流イベント(パーティー)を開催しました。
会費は8,000円と高額でしたが、
多い時には800人ものファンが集まるほどの人気で、
浜田さんがどれだけ愛されていたかが分かります。
音楽活動と改名
2000年9月30日、
「KAZUO」名義で自主制作CD
『DREAM/Wish ~願い~』を発表。
2001年には、前田耕陽さんの事務所
「ガディス・プロダクション」に所属し、
ライブ活動を本格化させます。
両親の離婚をきっかけに、
姓が母方の「浅倉」となっていたことから、
2001年7月、芸名を「浅倉一男」に改名。
ここから新しい名前での活動が始まりました。
バンド・舞台・演出へ
2002年以降はバンド活動を続けながら、
2019年には舞台
『CHAIN ~因縁の連鎖~』で演出家デビュー。
ステージに立つ側から、
舞台を作る側へと役割を広げていきました。
飲食店経営と現実
元ジュニア仲間の尾身和樹さんと共に、
歌舞伎町でバーを経営。
「Season」「BAR あい」などを手がけますが、
コロナ禍の影響により、
2020年6月に「Season」は閉店。
2021年には老舗「八郎食堂」の経営も引き継ぎましたが、
こちらも長くは続かず、半年ほどで終了しました。
まとめ

*浅倉一男(浜田一男) (@kazuo1982724) / Posts / X
浜田一男(浅倉一男)さんの人生は、
順風満帆とは言えないものの、
何度転んでも立ち上がり続けた人生です。
ジャニーズJr.として輝いた青春、
突然の転落、それでも音楽や舞台、人とのつながりを手放さず、前を見て歩み続けてきました。
その姿は、
「元アイドル」ではなく、
ひとりの表現者として生きてきた証だと言えるでしょう。