中村浩士さんの人生 ― ジャニーズJr.時代から現在まで
~夢を追い、現実と向き合い、新しい道を切り開いた元ジャニーズJr.~
中村浩士さんは16歳でジャニーズJr.として活動し、舞台やレッスンに励む。体調不良などを経て1999年に退所。その後はIT企業に就職し、システムエンジニアとして堅実な人生を歩んでいます。
幼少期とジャニーズ入所
中村浩士(なかむら ひろし)さんは、1982年5月23日生まれ、滋賀県大津市出身です。
子供のころから歌やダンス、アーティストとしての活動に興味があり、
1998年7月23日、ジャニーズ事務所のオーディションに合格し入所しました。
このオーディションは大阪城ホールで開かれ、KinKi Kidsのコンサートのサブ会場で行われたものです。
当時16歳だった中村さんは、念願の芸能界の入口に立ち、
「歌って踊る」という夢が一歩近づいた瞬間を迎えました。
ジャニーズJr.としてレッスンを受け、先輩や同じ夢を持つ仲間たちと
日々、練習やステージに励む生活が始まったのです。
ジャニーズJr.としての毎日
ジャニーズJr.としての活動は、ステージで踊ったり歌ったりすることだけではなく、
さまざまなパフォーマンス練習やレッスンが中心でした。
中村さん自身も、仲間や先輩たちと並んでレッスンに通い、
歌やダンスをはじめ、表現力やコミュニケーション力を磨いていきました。
当時のジャニーズJr.は、メディアでは大きく取り上げられることが少なくても、
舞台やコンサート、イベントの裏側でしっかり準備をする大切な時期です。
中村さんもその一員として、自分の全力を注いでいた日々がありました。
しかし、芸能活動を続ける中で、思いもよらない体調の問題が重なります。
入所後、詳しいことは本人しか分からない部分もありますが、
体の具合が悪くなり、入院や手術をする時期がありました。
そのため、当初は思うようにレッスンや活動ができない期間があったことも
率直に綴っています。
“KyotoKyo”と努力の日々
当時、1997年〜1998年にかけて、京都のシアター1200で
「KyotoKyo(キョウトキョ)」という舞台公演が行われていました。
これは関西ジャニーズJr.などが参加し、ダンスや歌、芝居を融合させた
大きな舞台でした。
この舞台は中村さんにとって、いつか叶えたい夢の舞台であり、
「最高のパフォーマンスをしたい」という想いを強くした瞬間でした。
KYO TO KYOは主演:大野智さん、原知宏さん、田中純弥さんが主演を務めていました。
1998年の舞台終了後に主演の退所もあり、1999年にはメンバーを一新して開催が予定されていました。
中村さんはジャニー喜多川氏から提案されて、1999年に開催を予定した「KyotoKyo」のレッスンに励んでいたのですが、
残念ながら1999年の本公演は開催中止となってしまいました。
これを機に、「舞台で走り続ける道」と「自分の人生」を考え直す
きっかけにもなったのです。
ジャニーズ退所の決断
1999年3月、中村浩士さんはジャニーズ事務所を退所しました。
理由は本人が心身のバランスや生活とアーティスト活動の両立が
難しくなったこと、そして新たなキャリアを築きたいという気持ちが
強くなったからです。
退所後は、ダンスや歌を続けたい半面、芸能界という不安定さも感じ、
「自分の将来の基盤をつくりたい」と考えるようになります。
そうした流れの中で、別の分野で夢を叶えたいという思いから、
IT(情報技術)の世界に興味を持ち始めました。
IT業界でのキャリア
ジャニーズ退所後、中村さんは新しい道として
IT企業へ就職し、システムエンジニア(SE)として働き始めました。
これは一見、芸能活動とはまったく違う道のようですが、
地道な努力やチームで仕事を進めるという点では共通する部分もあります。
SEはシステムをつくる仕事であり、考える力や集中力が求められます。
そこで中村さんは、自分の適性を活かしつつ、
職場での信頼を築きながらスキルを伸ばしていきました。
技術は日々進歩するため、常に新しい知識を学び、変化に対応
していく必要があります。中村さんもSEとして、クリエイターの
視点を持ちながらITの世界で活躍しています。
この経験は、舞台や人前で表現したいという夢とは少し違うけれど、
自分の力でキャリアを築くという意味で同じく「夢を叶える」行為です。
ジャニーズ時代に教わった「チャンスをつかむ姿勢」は、
このITの世界でも生き続けています。
中村浩士さんの考え方とメッセージ
noteの記事で中村さんは、「チャンスをつかむ行動力が夢を叶える」
という言葉を大切にしていることを語っています。
これは、芸能界で夢を追いかけた経験と、
その後で新しいステージに立ち直した経験から来ています。
また、中村さんは同じような夢を追っていた仲間たちについても
大切な存在として触れていて、「ジャニーズJr.として一緒に
努力した人たちの存在は今でも忘れられない」と書いています。
これは、中村さんが決して過去を否定せず、
自分の人生の一部として誇りに思っている証です。
「夢を追いかけるって、本当はすごく難しいことかもしれない。
だけど、何かに全力で挑戦するという体験は、
どんな道に進んでも必ず自分を支えてくれる」
といった前向きなメッセージが、中村さんの文章から伝わってきます。
まとめ — 夢の形は変わっても

*中村浩士 (@hiroshi19820523)
中村浩士さんの人生は、
ひとつの夢から始まり、形を変えて今につながっている
と言えます。
- 16歳で大好きなジャニーズJr.としての夢を追い
- 舞台やレッスンで努力を重ね
- 思わぬ体調の壁にも向き合いながら
- ジャニーズを卒業して新しい道を選び
- IT業界でSE兼クリエイターとして別の世界で活躍している
目まぐるしい芸能界とは違うフィールドですが、
そこでも自分の力で一歩ずつ進んでいるのが中村さんです。
ある意味、「自分の人生を自分でつくる」という意味で、
ステージの上に立つことと同じくらい尊い挑戦と言えます。