北山純一さんの人生 ― ジャニーズJr.からバンド活動へ
~関西ジュニアからギタリストへ、自分の音を貫いた表現者~
北山純一さんは1995年に関西ジャニーズJr.として入所し、舞台やテレビで活躍。1998年に退所後は音楽の道へ進み、バンド「JAVELIN HEAD」「あのHUMPTY」のメンバーとして活動。自分らしい音楽を追い続けてきました。
幼少期・ジャニーズ入所と愛称
北山純一さんは、1981年12月16日生まれ、
京都府宇治市宇治大谷出身のミュージシャンです。血液型はA型で、ジャニーズJr.時代の愛称は「キタくん」でした。
北山さんがジャニーズ事務所に入所したのは、1995年8月22日です。
この日は大阪城ホールでSMAPのコンサートが開かれていた日に行われた、
サブホールでのオーディションで合格し、関西ジャニーズJr.の一員として活動を始めました。
ジャニーズJr.として活動していたころの北山さんは、
関西ジャニーズJr.を代表する若手の一人でした。
当時は「Kanjani Knight」などの番組にも出演し、関西Jr.の人気メンバーとして
横山裕さん(現・関ジャニ∞)や田中純弥さん、野中和久さんらと共に
舞台・テレビなどで活躍していました。
ジャニーズJr.としての活動
ジャニーズJr.の期間、北山さんはダンスや歌はもちろん、
テレビ出演や舞台にも出演しました。
たとえば、舞台『Kyo to Kyo』では何日にもわたる公演に出演するなど、
ステージ経験を積んでいきました。
ジャニーズJr.はデビュー前の若いタレントたちが
歌やダンスの技術を磨く場所で、北山さんもその活動を通して
パフォーマンスの基礎をしっかり身につけています。
しかし、1998年11月に北山純一さんは田中純弥さんと共にジャニーズ事務所を退所します。
当時は「もっと自由に音楽をやりたい」という思いが強かったと伝えられています。
インディーズ時代とバンド活動
ジャニーズを辞めた後、北山さんは音楽の道で活動を続ける決心をします。
まずは、同じ元関西ジャニーズJr.の仲間と一緒にインディーズバンド
「JAVELIN HEAD」を結成しました。
このバンドでは、年間でライブ活動を重ね、京都や関西を中心に
20本ほどのワンマンライブを実現するなど、着実にファンを増やしていきました。
その後、2002年ごろにはバンド名を新たにして
「HUMPTY(ハンプティ)」を結成します。
このグループでは、北山さんはギター奏者・メンバーとして中心的な役割を担い、
全国でライブを展開していきました。
やがて2006年にはメンバーの脱退を機に、
バンド名が「あのHUMPTY」へと改名されます。
「あのHUMPTY」は、インディーズながら独自の存在感を出したバンドとして、
ライブ活動やリリースを重ねて活動しました。
1stミニアルバム『チェリーダンス』や、複数のワンマンライブなどを行い、
ファンを楽しませてきました。
ライブとリリース活動
「あのHUMPTY」は、2007年のライブイベントや2009年のワンマンライブなどで、
多数のファンを集めています。
たとえば、2009年春の日本青年館でのワンマンライブでは、
多くの観客を動員し話題になりました。
また、インディーズシングル『飲み過ぎんなよ〜Yaaaahバババイ〜』では、
ダウンロードランキングで好成績を収めたり、YouTubeで再生回数が
100万回を超えるなど話題となったこともありました。
このように、北山さんは単なるバックからの演奏だけでなく、
バンドの中心メンバーとしてライブ・レコーディングにも深く関わっています。
メディア出演と音楽の幅
「あのHUMPTY」時代には、テレビ番組にも出演実績があり、
音楽イベントやバラエティに顔を出すこともありました。
たとえば、TBS系の音楽番組やイベント番組に出演したことも伝えられています。
このころ北山さんは、ミュージシャンとしての活躍と同時に、
自身のブログやSNSでもファンとの交流を続けていました。
楽曲やライブ情報を発信し、直接コミュニケーションを取るスタイルは、
インディーズ時代ならではの親しみやすさを生んでいました。
脱退とその後
2022年ごろまでは「あのHUMPTY」での活動が続きましたが、
2012年8月ごろに北山さんはバンドを脱退したことを発表しています。
脱退後の詳細な活動については情報が限られているものの、
本人・メンバー・関係者によるブログやSNSの更新が残っており、
「活動を日本各地で行っていた経験が人生に生きている」といった声もあります。
現在の北山さんは、演奏活動だけでなく、過去の経験を生かしながら
地域のライブイベントや音楽活動、ファン交流などを続けているとされています。
かつての関西ジャニーズJr.の仲間たちとも深い絆を持ちながら、
音楽の道を歩んでいます。
北山純一さんの人柄と歩み

*ameblo.jp/ano-junichi/
北山さんの人生は、
「アイドル育成の場所で学び、仲間と大きな夢を追った日々」から、
「自分らしい音楽で表現する世界へ進んでいった道」へと続いています。
関西ジャニーズJr.の頃は、
バックダンスやステージでのパフォーマンスで鍛えられ、
インディーズバンド時代にはギタリストとして自分の存在感を示しました。
そこには、
- 努力する姿勢
- 仲間との信頼関係
- ファンと直接つながる想い
という、表舞台とは違う深さがあったのです。
北山さんの歩みは、「夢をあきらめず、自分の表現を探し続ける姿勢」として、
今も音楽ファンや元ジャニーズJr.ファンの間で語り継がれています。