松本浩孝さんの人生 ― ジャニーズJr.から「MAAXX」へ、そして今
~表現の舞台を変えながら、自分の道を歩み続けた元ジャニーズJr.~
岡山から通いジャニーズJr.として活動後、明治大学を卒業。舞台俳優やモデルを経て、MAAXXとしてカラフィットに参加。現在は地元岡山で家業のアパレル会社の取締役として活躍しています。
幼少期とジャニーズ入所
松本浩孝(まつもと ひろたか)さんは、1985年10月12日生まれ、
岡山県新見市出身の男性です。血液型はA型です。
若いころから歌やダンスに興味があり、
ジャニーズ事務所のジュニア育成プログラム、ジャニーズJr.に所属していました。
ジャニーズ事務所への正確な入所日は公表されていませんが、
松本さんは岡山県から東京まで通いながらレッスンを受けていたことが知られています。
当時は学校とジャニーズの活動を両立しつつ、
ステージやダンスレッスンを重ねた日々を送っていました。
私立岡山学芸館高校時代には、なんと生徒会長も務めたことがあり、
勉強と部活動、ジャニーズでの活動を両立させていた努力家でもありました。
当時の松本さんは、
歌やダンスだけでなく、周囲を引っ張るリーダーシップや、人を楽しませる力も
持ち合わせていたと考えられます。
ジャニーズJr.時代はメディアで大きく取り上げられることは少なかったものの、
その基礎となる技術や精神は、この時期に培われました。
ジャニーズ退所後の選択
ジャニーズ事務所を辞めた後、松本さんは「東京で自分の道を進みたい」と考え、
俳優やパフォーマーとしての道へ進むことを決めました。
まずは上京し、明治大学商学部商学科に進学して卒業します。
明治大学では、商学や法人経営、マーケティングなどを学び、
「自分で考える力」や「表現することの裏側にある仕組み」を
深く理解する機会を得たといえるでしょう。
大学卒業後は、
- 舞台俳優
- モデル
- パフォーマー
としての活動を続けました。
ジャニーズJr.時代に培った身体表現・舞台表現の力を活かし、
ジャンルを問わない“表現者”としての幅を広げていきました。
舞台の出演やモデル活動は、派手なメディア露出こそないものの、
表現する喜びや人と直接関わる現場に影響を与えたはずです。
「カラフィット」と「kara-fitz」への挑戦
2012年初頭、松本さんは新たな挑戦を始めます。
それが、カラオケをしながら体を動かすフィットネスプログラム──「kara-fit(カラフィット)」です。
カラフィットは、
「歌う楽しみ」と「運動する気持ちよさ」を組み合わせたエクササイズで、
従来のフィットネスとは異なる、歌いながらカラダを動かす新しい健康習慣として注目されました。
このエクササイズの普及のために作られたのが、
インストラクターユニット「kara-fitz(カラフィッツ)」です。
松本さんは、2012年2月18日から新メンバーとして加入し、
このチームで「MAAXX(マックス)」という名前で活動をスタートしました。
同時に、所属事務所は「ウェルネスエンターテイメント」となり、
カラフィットの普及と、健康と表現を結びつける活動に注力しました。
カラフィットは単なるエクササイズではなく、
- 歌うことの快感
- 身体を動かす楽しさ
- パフォーマンスとしての表現
という3つが一体となった新しいジャンルです。
松本さんは、MAAXXとして
その楽しさを伝える講師として多くの人の前でパフォーマンスし、
「健康×音楽×表現」という新しい可能性を示しました。
kara-fitz脱退と地元への帰郷
2013年夏、松本浩孝さんは 「kara-fitz」を脱退します。
メンバーとして活動した時期は約1年半ほどでしたが、
そこで得た経験や出会いは、彼の人生に深い影響を与えています。
脱退後、松本さんは拠点を東京から地元・岡山県新見市へ戻すことになります。
都会での表現活動から、故郷で新たな人生を築くという選択でした。
地元に戻った松本さんは、家業であるアパレル販売会社「株式会社 丸宮」で
仕事をするようになります。
ここでは単に「家族の会社を継いだ」というだけでなく、
- 商品を生み出し
- お客さまと直接関わり
- 地域の活性化にも関わる
という、地域に根差した仕事を担うことになります。
松本さんの役職は、取締役。
責任ある立場として、会社の運営や方向性を支えています。
ここでは、これまでの人生で培った
- 人と関わる力
- 表現や説得力
- リーダーシップ
が活かされています。
振り返る ― 変化を恐れず進んだ人生
松本浩孝さんの人生は、
一見すると「光るステージの上にいた人」から
「日常的な人生へ戻った」と感じられるかもしれませんが、
その中には一貫した思いと表現の力があります。
夢を追いかけた若き日
ジャニーズJr.として表現の基礎を学んだことは、
その後の人生における「人前での表現力」や
「身体と声を使って伝える力」の根源となりました。
学校と両立しながらも自分の道を切り開いた姿勢は、
後の挑戦にもつながっています。
学びの時間
明治大学での学びは、
表現だけではなく社会全体を見る視点を育てました。
商学という学問は、後のビジネスや運営、地域での仕事に
大きな影響を与えたといえるでしょう。
新しい表現の形
「カラフィット」という新たな分野を選んだことは、
歌と身体表現を融合させるというアイデアですが、
それは単なる運動ではありません。
健康とパフォーマンスを同時に届けるという新しい価値です。
MAAXXとして多くの人に元気を伝えた活動は、
そのまま「人を笑顔にする力」として社会に残りました。
地元での役割
岡山に戻り、家業の株式会社 丸宮の取締役として働くことは、
派手な表現とは違いますが、地域の生活を支え、
地元の活性化に貢献する社会的な役割でもあります。
まとめ

*hirotaka_matsumoto1012 – 松本 浩孝
松本浩孝さんの人生は、
夢 → 挑戦 → 新しい価値 → 地元での貢献
という流れで進んできました。
- 幼いころから表現が好きで、ジャニーズJr.として活動
- 大学で学び幅広い視野を身につける
- カラフィットで新しい表現を伝える活動に挑戦
- 地元に戻り、社会で役割を果たす
華やかさだけではない“生き方としての表現”が、
松本さんのこれまでの人生を貫くテーマです。