二本樹顕理さんのジャニーズ入所から現在までの歩み
〜沈黙を破り、子どもたちを守るために歩き続ける人〜
元ジャニーズJr.の二本樹顕理(にほんぎ あきまさ)さんが、
ジャニーズ事務所に入所してから現在に至るまでの人生を、まとめています。
つらい出来事も多い人生ですが、
「なぜ今、二本樹さんが声を上げ続けているのか」
その理由が伝わるように整理しました。
生い立ちとジャニーズ入所
二本樹顕理さんは、
1983年8月22日生まれ、神奈川県横浜市出身です。
子どもの頃から音楽や表現することが好きで、
1996年、13歳のときにジャニーズ事務所へ入所しました。
ジャニーズJr.として、
レッスンを受けながら、
KinKi Kidsのバックダンサーを務めたり、
学園ドラマに出演したりと、
デビューを目指す日々を送っていました。
当時は「芸能界で成功したい」「夢をかなえたい」
そんな純粋な気持ちでいっぱいだったそうです。
ジャニーズJr.時代に受けた被害
入所から数か月後、
二本樹さんは、当時の事務所社長だった
ジャニー喜多川氏から性被害を受けます。
まだ13歳で、
それが何を意味するのか分からず、
強い恐怖と混乱の中に置かれました。
その後も被害は繰り返されました。
しかし、相手は絶対的な権力を持つ存在。
「逆らえない」「誰にも言えない」
そんな空気の中で、
一人で抱え込むしかありませんでした。
仕事の出番が増える一方で、
心はどんどん壊れていったといいます。
違和感と退所の決断
中学生のときに参加したドラマのロケで、
二本樹さんは強い違和感を覚えます。
「どうして自分だけ、
こんなにつらい思いをしながら
仕事をしなければならないのだろう」
表では笑顔を見せながらも、
心と体はついていきませんでした。
そして15歳でジャニーズ事務所を退所します。
退所後の荒れた時期
退所後、二本樹さんは
怒りや悲しみをどう処理していいか分からず、
荒れた生活を送るようになります。
「声を上げられなかった自分」
「守ってもらえなかった社会」
そのすべてに対する不信感がありました。
アメリカ移住と音楽活動
1999年、家族とともにアメリカへ移住します。
そこでロックバンド
「No Curfew」のギタリストとして活動し、
メジャーデビューも果たしました。
ツアーや音楽活動に忙しい日々を送りましたが、
心の奥にある傷は消えませんでした。
- 自己肯定感が低い
- 生きている意味が分からない
- 「死にたい」と思う日々
大学(バークリー音楽大学)にも進学しますが、
心身の不調により中退を余儀なくされます。
結婚と家族の存在
2014年、二本樹さんは結婚します。
妻には、過去の出来事を少しずつ打ち明けていました。
そして2023年、子どもが誕生します。
「自分と同じ思いを、
子どもたちに絶対にさせたくない」
この気持ちが、
人生最大の決断につながりました。
被害を公表するという決断
2023年5月、
二本樹さんは実名と顔を出して被害を公表します。
医師や弁護士、両親にも事前に相談せず、
強い覚悟での行動でした。
しかし、公表後に待っていたのは、
多くの誹謗中傷でした。
- 「なぜ今さら」
- 「うそつき」
- 「売名だ」
妻の写真まで流出し、
強い恐怖と不安に襲われ、
うつ状態に陥ります。
それでも声を上げ続けた理由
それでも二本樹さんは、
同じ立場の人たちと一緒に声を上げる道を選びます。
- 「ジャニーズ性加害問題当事者の会」に参加
- 国会でのヒアリング
- 国連人権理事会での発言
こうした動きが社会を動かし、
事務所は性加害を認め、
謝罪と補償に踏み切りました。
現在の活動と治療
現在、二本樹さんは
「1 is 2 many(ワニズアクション)」を立ち上げ、
子どもへの性暴力は、
1人でも多すぎる
という思いで、
啓発活動や政策提言を続けています。
また、心療内科やカウンセリングを受けながら、
少しずつ心の回復にも取り組んでいます。
現在は家族とともにアイルランドで生活しています。
二本樹顕理さんが伝えたいこと

*二本樹顕理 | ベース教室 ソウルアロー
二本樹さんは、繰り返しこう語っています。
- 悪いのは被害を受けた人ではない
- 声を上げることは間違いではない
- 安全に話せる場所が必要
つらい経験をした人が、
孤立せずに生きられる社会を目指して、
今も活動を続けています。
二本樹顕理さんの人生は、
苦しみと向き合いながら、
「沈黙しない」ことを選び続けた歩みでした。